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主に小説や漫画やアニメや映画についての覚書を不定期で放り投げます。基本ネタバレ注意。

オリエント急行殺人事件(原題:Murder on the Orient Express)

映画「オリエント急行殺人事件(原題:Murder on the Orient Express)」の鑑賞後覚書です。
鑑賞のきっかけは、映画館での予告。大枠のオチ以外細部はだいぶ忘れた状態だけど、数年前にアガサ・クリスティの原作は履修済み。

 

■あらすじ(パンフレットより)
エルサレムで教会の遺物が盗まれるも、鮮やかな推理で犯人を突き止めた名探偵、エルキュール・ポアロイスタンブールで休暇をとろうとした彼だが、イギリスでの事件の解決を頼まれ、急遽、オリエント急行に乗車する。
出発した社内でポアロに話しかけてきたのは、アメリカ人の富豪、ラチェットだ。脅迫を受けているという彼は、身辺の警護を頼む。しかしポアロはラチェットの要請をあっさりと断るのだった。
深夜。オリエント急行は雪崩のために脱線事故を起こし、山腹の高架橋で立ち往生してしまう。しかも、その車内で殺人事件が発生。ラチェットが12カ所も刺され、死体で発見されたのだ。乗り合わせていた医師のアーバスノットは、死亡時刻を深夜の0時から2時の間だと断定する。
鉄道会社のブークから捜査を頼まれたポアロは、乗客たちに話を聞き始める。乗客たちの証言から様々な事実が明らかになるが、それぞれにアリバイがあり、ポアロの腕をもってしても明確な犯人像は浮上しない。
ラチェットの部屋で発見された手紙の燃えかすから明らかになったのは、彼がかつてアームストロング誘拐事件に関わっていた事実……。少女を誘拐し、殺害したラチェットは、復讐のために殺されたのか? 殺害犯は乗客の中にいるのか、それとも……?

 

 

 

※以下原作からしてオチ全部わかっている前提のネタバレ全開なので、原作・映画ともに未鑑賞の方はご注意。

 

 

 

 

原作がもう誰もが知るミステリの金字塔の名作なので、一定の面白さは最初から約束されている映画。オチを知ってると、乗客たちのところどころの目くばせとか、実はポアロの同乗に動揺しているという感じの表情とかにむふふ、となれるし、すごくリラックスして楽しんだ。
オリエント急行という舞台そのもののの美術と、乗客たちのファッション、身ごなしがとにかく美しくて、目が幸せだった。映像化の強み。
善悪についてのポアロのセリフ、冒頭の「誰がなんといおうとこの世には善と悪、それしかありません。中間は存在しない」からの、ラストの「今回の事件は、善と悪の天秤の釣り合いが難しい。今回だけは、私もアンバランスを受け入れます」が、要はこの映画の主柱かな。
あまりにも有名作だということもあって、映画全体としては、あまり細やかな謎解き部分に力や尺を使っておらず、ポアロというキャラクターと、「善と悪」のテーマにフォーカスした構成だったのかな?と思う。乗客や謎自体よりはポアロにカメラが寄っていたような印象。
すっごく原作を読み返したくなった。原作と映画の違いをすごく確かめたい(特にアーバスノット医師まわり)。あと、映画の中身とは直接関係ないけど、オリエント急行というか、ちょっと豪華な寝台列車に実際に自分も乗ってみたいという気持ちを湧き立てさせてくれる映画だった。

 

後は印象に残ったところを思い出した順に箇条書きで。
・黒人のアーバスノット医師に関し、人種差別的発言をするハードマン教授(「赤ワインと白ワインを混ぜたら台無しになる」)に対して、デブナム(家庭教師)のほうかエストラバス(宣教師)のほうか忘れたけど(家庭教師のほうであってるかな?)、赤ワインと白ワイン混ぜて「私はロゼが好き」っていう女性めっちゃかっけーな、って思った。でもなんか、この教授といい、マックィーン(ラチェットの秘書)といい、ちょいちょい人種差別発言が散見されるんだけど、ポアロの推理攪乱のため(乗客の繋がりを気付かせないため)のわざとなのか、それとも素でこんなんなのか、どっちだろう。正直前者は実質意味無いと思うから後者なんだろうけど、それだとみんなでラチェット殺害しましょうってグループの割に連帯感薄いなあ。オチがわからないうちは読者のミスリード要因となるけど、オチがわかったあとだと違和感になる要素では? あくまでハバード夫人の号令で集結した人々であって横の繋がりは薄いというかなんなら溝があるレベルなのか?
ポアロの御髭徹頭徹尾美しかった。髭カバーには笑った。
・デブナムの役者さん(デイジー・リドリー)、顔の造形以上に、メイクがすごい好みだった。特に列車の外に出て雪の中でポアロの聞き取りを受けているシーン、ほんとに美しくて目を奪われた。ずっとみていたかった。→ってパンフレットみたら、スター・ウォーズ新三部作のレイ役の人かー!全然気づかなかった!!それ知ってみると、あーなるほど…って思うけど、いやでも全然印象違う!メイクの違いってすごい!
・「悪人の警護はしない。でも依頼を断るのはもっと個人的な理由。あなたの顔が嫌い」ってポアロ笑った。
・ラチェットの死が発見されるシーン、真上からの俯瞰カメラでおしゃれだったんだけど、ちょっと長すぎと思った。はやく角度変えてくれーみづらい!って笑
・終盤アーバスノット医師がポアロを撃つところと、謎解き後にポアロが乗客相手に「私を撃て!」って言うところは、なんか解釈違いを感じた。うわ原作読み返したい!って思ったのは特にここかな。どっちのシーンもポアロに作品の重心を置いた時に、画として映えるし盛り上がるのかなとは思ったけど。前者は、ほんとに殺す気はなかったとはいえ、じゃあ殺す気なければ無関係の人撃って傷つけていいとはならんだろーと。医師の中で。愛するデブナムに容疑が向けられているのを自分一人で被ろうとするだけならポアロ撃つ必要ない。名乗り出ればいいだけじゃんって。後者はまあ、善と悪についてのバランスに葛藤するポアロ、という作品の肝を強調するための演出としてはありかもしれない。けどなんか謎解きシーン全体もそうだけどなんかポアロと乗客に温度差を感じてしまったなあ。終盤になればなるほど、カメラがポアロと善悪のテーマそのものに寄っていって乗客がフェードアウトしてった感じ。自害しようとするハバード夫人、実際には拳銃に弾を入れていなかったポアロ、というのも、乗客の善と悪を見極めようとしたのに結論が出せずに葛藤するポアロ、というのを表現するための演出過多のような。(これで、原作からしてこういう展開だったらすまない……)
・ラチェットをひとりひとり乗客が刺していくシーンも、画面がごちゃごちゃしてるしぱっぱぱっぱ済ませすぎでちょっと残念だったかな。ここは、1974年版の映画がこのシーンめっちゃ印象に残るつくりだったのも余計にあるかもしれない。乗客ひとりひとりにスポットがあたって思い思いのセリフと共に一刺ししていくのがさ……うん、原作だけじゃなく1974年版の映画も観返したいな!
・すっかり細かい展開を忘れてたので、自分にナイフ刺させて推理攪乱しようとするハバード夫人の女優魂には、素直におお!と興奮した。
・冒頭に戻って、エルサレム嘆きの壁での推理披露は、ポアロというキャラ建て・観客のつかみとしてはいいけど「オリエント急行殺人事件」の映画としてはそんなに尺とんなくてもいいんじゃないかなと思った。オリエント急行の中でのシーンにもっと尺割けたのでは? まあでも冒頭をまるまる抜かすと今後の列車の中でのシーンで名探偵としてポアロの説得力が欠けてくるのかな……。これ打ちながら思ったけど、これは私があんまりポアロ自身にはそこまで関心ない観客だから思うことなのかもなあ。ポアロポアロシリーズが好きという受け手だと違うかも。あ、でも壁の割れ目にあらかじめ差しといたステッキが逃走を図る犯人に見事ぶちあたってとっ捕まえることができる流れはかっこよくて好きです。
・ラチェットのいかにもなコート、衣装さんいい仕事です。
・1934年という時代を一番感じたのは、実はオリエント急行走行中の車内の揺れ。いや、めっちゃ揺れるやんって思った。逆に、走る列車を外から映すシーンは、大方ちょっと映像がきれいすぎたかも。